創業者インタビュー

  • 2017/07/05 UP
  • category:サービス業(他に分類されないもの)
"世の中の半歩先を行くことで、ニッチな付加価値を提供し続ける「プロの姿勢」"

株式会社 ヨシノ 代表取締役

吉野 誠治

http://yoshino-eco.jp/

創業のきっかけ 事業が成功した理由 失敗から這い上がった… 座右の銘 将来の夢、志 
これから創業に挑戦す… 
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  • 創業のきっかけ

 平成17年に家庭環境の変化に伴い、勤めていた会社を退職しました。その後、古物商を中心とした廃棄物収集運搬業を営んでいた義父の会社に入り、事業を継承しました。

 平成19年、サラリーマン時代に培った廃棄物中間処理業の経験を生かして、株式会社ヨシノに改組する形で創業しました。

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  • 事業が成功した理由

お客様の要望に寄り添い、会社としてできることを少しずつ増やしていく

 義父から事業を引き継いでから、真摯にお客様の要望を伺い、その実現に努めました。ゼネコンの付帯事業の所長をしていた経験を生かして、義父が苦手としていた業務をバージョンアップしていきました。

 廃棄物の収集運搬に携わる中で、「建物を取り壊してほしい」、「その後の土地を整備してほしい」というお客様のご要望がありました。このご要望に応えるためには、建設業(土木一式総合建設業)の許可を受ける必要がありました。

 建設業として実績がなく、許可を受けるための実績づくりをどうしたらいいかと悩みましたが、廃棄物関係のお客様から直々にお声がけいただいたことで、解体工事や土木工事を受注することができました。実績のない当社に仕事を出していただいたことに、とても感謝しています。その後、少しずつ建設業の実績を重ねて、平成27年に建設業の許可を受けることができました。

 これによって、解体工事から土木工事、さらにそこで発生した廃棄物の収集や運搬までのワンストップサービスを実現することができました。公共工事における実績を積み、民間のお客様の多様なニーズにお応えできるようになりました。

 

中国への資源原料販売が好調だからこそ、時代を先見して「次の一手」を打つ

 ちょうど創業した時期は、中国の景気に勢いがあり、鉄や非鉄金属などの資源原料販売が好調でした。古物商関係の事業では、その流れに上手く乗ることができました。一方で、その当時から「中国の好景気は、長く続かないのでは…?」と疑念を持っていました。

 時代の流れを先見して、私は産業廃棄物収集運搬に事業の軸を移すことにしました。古物商関係の事業が好調のうちに、関東甲信越近県の廃棄物収集運搬業の許可申請を進めていきました。

 やがて、中国の景気が落ち着くとともに、高値がついていた資源原料販売も落ち着くようになりました。先手を打っていなければ経営を揺るがしかねない状況になっていたのかもしれませんが、産業廃棄物収集運搬を事業の軸へとスムーズに移行したことが功を奏しました。

 

お客様へのサービスに「ニッチな付加価値」を提供することでつなぐ信頼関係

 機密書類やハードディスクなどの廃棄には、慎重に慎重を期すようにしています。お客様に立ち会っていただき、すべての工程を見せ、記録し、適切に廃棄されたことが分かるようにしています。

 単にお客様からご依頼いただいたことだけでなく、それに付随する「ニッチな付加価値」を積極的に提供することで、お客様から評価を受けるだけでなく、信用と安全を守ることにつながっています。

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  • 失敗から這い上がった経験談、苦労から学んだ経験談

トラブルこそ信頼獲得のチャンス!誠意をもって真剣に地域と向き合う大切さ

 建物の解体や整地作業、廃棄物の収集運搬作業には、騒音や振動がつきものです。どうしても地域の方々にご迷惑をおかけする場面があります。そういうときこそ、ご迷惑をおかけする地域の方々に何度も挨拶に伺い、作業の時間帯、発生する騒音や振動などを誠意をもって説明することを心がけています。

 ご理解が得られにくい状況こそ、信頼関係を結ぶチャンスです。何度も顔を見せて説明に伺っていると、自然にあいさつを交わしたり、世間話をしたりするようになります。さらには、作業でご迷惑をかけているにもかかわらず、ねぎらいの言葉をいただくこともありました。

 これはサラリーマン時代に学び、創業してからも常に意識していることです。

 

健康は大切!骨折で一度体調を崩してから数年苛まれた「マイナス思考」

 平成22年の年末、不注意で脚立から落ち、脊椎を骨折しました。体調を崩したことで自分に自信が持てなくなり、マイナス思考に陥りました。経営判断にも悪影響があり、持ち前のチャレンジ精神を失っていました。

 骨折を治してからも数年ほどマイナス思考が続き、本来のチャレンジ精神を取り戻すまで時間がかかりました。体調が経営に与える大きさを考えると、健康の大切さをあたらめて実感します。

 

二兎追うものは一兎も得ず、顧問契約によって思わぬ営業活動の衰退

 平成26年に県外の採石業者から依頼があり、1年契約で販売部門の顧問となりました。契約を結ぶ前は、平成20年に入社した息子がこれまでの業務を回せるようになったこともあり、両立できると考えていました。

 しかし、実際にはうまくいきませんでした。顧問契約を機に多くの業務を息子に引き継ぎましたが、それがオーバーワークとなり、心身への大きな負担になっていました。

 また、私自身は顧問契約により、毎月10日程度離れることになります。そのため、今までお付き合いのあるお客様から連絡が入るとすぐに対応できていたことが、お待ちいただくことが増えてしまいました。

 今まで当たり前にできていた「すぐにお客様に合わせること」ができなくなったことが、大きなフラストレーションになり、お客様からの信用を揺るがす危機になりました。

 このことをきっかけとして原点に立ち返り、ずっと信用していただいている自分のお客様とのつながりがもっとも大切なのだとあらためて気付きました。 

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  • 座右の銘

世の中の半歩先を行く

 当社の仕事は、お客様からの信頼と現場作業の安全がもっとも大切です。いついかなる場面でも、お客様の要望に応え続けるためには、常に「世の中の半歩先を行く」姿勢が求められます。

 絶え間なく変化する世の中の半歩先を行くことで、次のビジネスチャンスに気付くこともあるはずです。それを掴むために常にプラス思考をもって、会社として「脱皮」を繰り返し、成長していきたいと考えています。

 

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  • 将来の夢、志

会社は「陸上競技のバトン」、代を重ねてもヨシノスタイルで100年企業を目指して

 時代は生き物のように変化します。事業を後押しすることもあれば、思わぬ逆風となることもあります。目まぐるしく変化する時代に対応するためには、地域にしっかりと根差した会社になることが重要です。

 私はこれまでの経験を生かして「昭和の営業」で創業し、事業を進めてきました。一方で、息子は「平成の営業」を学びながら、新たなお客様との信頼関係を築こうとしています。その中で、息子にはすべて経験させています。これによって、初めて失敗から学ぶことができるのです。サラリーマン時代から人材育成の中で心がけてきた「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かじ」の精神で、息子をはじめ次の世代を育てていきたいです。

 「陸上競技のバトン」のように、次の世代に会社をつないでいくことに意義があります。私が息子に手渡すこのバトンが、さらにその次の世代にも途切れずにつながり、100年企業となればと思います。それを目指すためには、まずは次の世代である息子を中心として、「ヨシノスタイル」として総合的なニッチ産業を構築したいです。

 

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  • これから創業に挑戦する人へ一言

常に前進するための充電を欠かさず、チャンスにそれを放電しよう!

 自分の人生は、一度しかありません。その中には、無駄なものは何一つとしてありません。すべてが貴重な経験です。常に前進することを意識して、コツコツと自分の力を充電していきましょう。

 創業は、頭に思い描いているだけでは進みません。実際に自分の力で進めることで、初めて分からないことがあると気付くはずです。ただ、それはチャンスなのです。ここぞというときに、蓄えてきた自分の経験、力を放電しましょう。これまでに積み重ねてきたご縁や信用を大切にして、ぜひ一歩ずつ前に進んでください。

 

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