創業者インタビュー

  • 2017/03/30 UP
  • category:運輸業、郵便業
"「負けたらアカン!」男性業界に女手で飛び込み、必死で走り続けた30年間"

有限会社 フレンズ運送 代表取締役

赤間美代子

http://friendstransport.homepagelife.jp/index.html

創業のきっかけ 事業が成功した理由 失敗から這い上がった… 座右の銘 将来の夢、志 
これから創業に挑戦す… 
  • ――――
  • 創業のきっかけ

 専業主婦だった私は、37歳のときの離婚をきっかけに、中学生と小学生の子育てをしながら生計を立てられる仕事を探していました。初めは教育関係の内職などをしていましたが、運転が好きだったことや比較的自由に時間を使えて仕事と子育ての両立がしやすそうだったことから、赤帽として軽貨物自動車運送事業を始めました。

 

ページトップへ
  • ――――
  • 事業が成功した理由

仕事と子育ての両立!女性の赤帽ドライバーだった強みを生かして

 仕事と子育ての両立は、働く母親にとって重要な課題です。赤帽ドライバーは体力を求められますが時間の使い方をある程度自分で決めることができ、ワークライフバランスを実現しやすいメリットがあります。

 また、お客様がお求めになる時間に柔軟に対応する赤帽から運送業を始めたことで、他社が対応しにくい夜間などでの配送体制を整えることができました。赤帽車はもちろん、2t車や4t車も積極的に配車することで、運送業界のニッチな需要に入り込んでいくことができました。小さな実績を積み重ねていくことで、お客様はもちろん、同業他社からも「困ったときのフレンズ運送」として、ご依頼をいただけるようになりました。

 

若き日に松下幸之助社長から教えて頂いた「人を育てる大切さ」

 事業を少しずつ拡大していくにあたり、私は人材の育成に力を入れました。今でこそカーナビでルート検索や、渋滞情報を検索したりルート変更をするようになりましたが、当時は私自身が全国を飛び回った経験こそ、迅速かつ安全に配送する一番のノウハウでした。

 経験の少ないドライバーには地図に手書きしながら丁寧に指導し、たとえ見知らぬ土地に配送することになってもお客様にご迷惑が掛からないようにしました。渋滞などの突然のトラブルに焦るドライバーには、的確に迂回ルートを伝え、安全に配送できるように気を配りました。

 丁寧な新人育成は、若手ドライバーから「フレンズ学校」と呼ばれることもありました。私が「人を育てる大切さ」を重視しているのは、初めて社会人になったときに松下幸之助社長から受けた薫陶が元になっています。当時は、将来的に起業すると思っていなかったので、一従業員としてその教えを受け止めていました。しかし実際に事業を動かすようになった今では、社員教育に力を注いでいらした松下幸之助社長の言葉や姿勢が、私の事業に生かされているように思えます。

ページトップへ
  • ――――
  • 失敗から這い上がった経験談、苦労から学んだ経験談

「女性だから」と断られても必死で食らいつき、一つずつ積み重ねた信頼

 赤帽ドライバーとしてデビューした頃は、女性はほとんど活躍していませんでした。さらに、関西出身だった私は関東地方の土地勘がなかったこともあり、初めのうちは近場の簡単な配送しか回してもらえませんでした。

 体力や力仕事を求められる現場では、「女性だから」という理由で断られることもあり、仕事を一ついただくだけでも苦労の連続でした。

 ある時、引越しの案件を任せて頂けることになり、他の男性ドライバーに同行しました。まだ30代で体力もあった私は、年配の男性ドライバーよりも体を動かしました。その姿を見てくれていた男性ドライバーが、「フレンズさんは引越しもいけるよ!」と周りに話してくれたのです。

 このことがきっかけとなり、引越しや遠い場所への案件も任せてもらえるようになりました。

 

一般貨物自動車運送事業の許可を受けて、「やっと大人の仲間入りができた!」

 共に働く女性ドライバーが増えてきたこともあり、平成3年に有限会社化しました。とはいえ、女性ドライバーの小さな赤帽車は、実際の現場で大きなトラックと仕事をするとバカにされることも少なくありませんでした。

 また、軽だけでは限界を感じ始め、更にお客様の要望もあり、平成6年に一般貨物自動車運送事業の許可を受けることにしました。当時は許可を受けるためにトラックが7台必要でした。

 トラックに付ける緑のナンバープレートを取りに太田から前橋の陸運局に行ったとき、ちょうど夕方だったことを覚えています。その日の夕日がとても綺麗で、これまでの苦労や道程を思い返して涙をこらえきれませんでした。緑のナンバープレートを付けたトラックに乗り、「これで運送業として、ようやく大人の仲間入りができた」と思いました。

 

メインのお客様からの仕事を失って気付く「経営リスクの分散化」の大切さ

 創業してからしばらくの間、売上のほとんどを占める大口のお客様がいました。しかし、ある大きなトラブルをきっかけに、突然お仕事を頂けなくなってしまったのです。

 売上のほとんどを失い、当時6名いた従業員には本当に苦労させることになりました。少ない配送の仕事だけでは経営が難しくなり、知り合いの伝手で紹介して頂いた一時的な副業でしのぎました。

 その間も本業の営業活動だけは、コツコツと続けていました。大手企業に飛び込みのような形で営業に行ったときに、思わず口から出た言葉が、「一番偉い人はいらっしゃいますか?」でした。

 上役の方に営業できればチャンスがあるかもしれないと思っていたからです。初めはクスクスと笑われましたが、本当にお話しできるチャンスを頂くことができたのです。突然訪問して「お仕事ください!」と言い出したことに、「(私の出身地の)関西では普通かもしれないけど、関東ではこういう人は珍しいね」と驚かれていました。その日は名刺だけ渡して帰りましたが、翌日「赤帽車のサイズを教えてください」と電話がかかってきたのです。

 このことがきっかけとなり、配送の仕事を頂くことができました。また、会社の売上としても、スポット(単発)の仕事やお客様1社だけに頼る形ではいけないと思い、定期の仕事を増やす経営努力をしました。

 以前はスポット(単発)の仕事が9割でしたが、今では20数社からお仕事をいただき、定期の仕事も売上の8割を占めるようになり、会社として安定するようになりました。

ページトップへ
  • ――――
  • 座右の銘

負けたらアカン!

 離婚を経験しなければ、私はきっと家のことだけをしながら、専業主婦として人生を終えていたかもしれません。大きな挫折を経験したことで「負けたらアカン!」と決意をもって仕事を続けました。

 男性中心の運送業界に女性ドライバーとして飛び込んでから、「女性だから」と苦労したこともありましたが、「負けたらアカン!」という気持ちだけは常に強く持っていました。

 

ページトップへ
  • ――――
  • 将来の夢、志

創業時の初心を忘れずに、100年以上続く「困ったときのフレンズ運送」を目指して

 赤帽車1台から始めた当社を、100年以上続く会社にするのが私の夢です。そのためには、創業当初から持っている会社の良さを従業員に浸透させていくことが大切だと考えています。

 事業は娘の夫が中心となり、新たなステージに移行しているところです。運送業界とは異なる業界から飛び込んだ娘の夫は、必死に運送業界のこと、「困ったときのフレンズ運送」の心を学んでいます。

 私たちの世代が築き上げてきた土台を忘れることなく、次の世代が自らの良さを生かして、お客様から長く愛される「困ったときのフレンズ運送」として続いてほしいと願っています。

ページトップへ
  • ――――
  • これから創業に挑戦する人へ一言

人とのご縁を大切にする心を忘れずに、自分を信じて前に進もう!

 創業するにあたり、困難に陥った時にサポートしてくれる「信頼できる人」の存在は不可欠です。信頼できる人とのご縁を大切に、自分を信じて前に進んでください。

ページトップへ